人間力×高校野球

第1回 人間力とは2009年04月01日

 なぜ、あの場面であんなプレーが出るのだろうか、と感動を覚えるときがある

 たとえば、同点の9回裏、二死満塁、2―3。ボール球を投げにくい展開で、変化球をコースぎりぎりいっぱいに投げ込むピッチャー。彼にある力はどのようなものだろうかと。

 練習の賜物か? もちろん、それもあるだろう。しかし、そうした誰もが逃げだしたくなるような場面で腕を振れる。自分に自信を持てる要素とはいったいどういうものだろう。

〝人間力″
 僕はこの7年間、数多くの選手やチームを取材する中で、そうした目に見えない力が作用するということを実感してきた。

 表面にはない、人としてどうあるべきかという内面的な力が人生に生きていく。高校球児にとっては、それが野球の中に生きていく。人間力をいかに高めるかで野球選手としての本質を高めることにつながるのではないのだろうかと、僕は感じてきた。

 このコラムでは人間力と高校野球のつながりにスポットを当てていきたい。これまでに取材した、また、これから出会っていくであろう「人間力で高校野球を戦う者」たちの姿を追いかけて行こうと思う。

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ある指揮官との出会い。

〝人間力〟という言葉に出あったのは03年のことである。地方新聞社にいた僕は奈良県立・斑鳩高校(現・法隆寺国際高)を追いかけていた。というのも、斑鳩は前年の秋季県大会で優勝、続いて行われた近畿大会でもベスト4に進出し、3月に行われる第75回選抜高校野球への出場権をほぼ手中にしていたからだ。1月31日に行われる選考委員会で選ばれるのを待つのみで、僕はその当日、同校で発表を待った。

 斑鳩は選ばれた。創部25年目の悲願達成であった。そして、その発表を受け、斑鳩を指揮する森島伸晃監督(当時、現桜井高校監督)は、その喜びを噛みしめ、こう意気込みを語った。

「目立った選手がいるわけでもありませんので、何とか、〝人間力〟で勝ち抜いて行けたらと思っています」
 この時、僕の高校野球へのアプローチが180度変わった。人間力?高校野球? 当時は、その意味が分からなかったが、森島監督の言葉に、その深さを追求したくなったのである。さらに彼が言った言葉が印象的だった。

「場所がどこであろうと、相手がどこであろうと、普段どおり戦えたらと思う」
 甲子園初出場にして、普段どおりに戦う。それは容易いことではないが、それが森島監督の考える人間力を重視した野球であったのだ。指揮官は力説する。

「大好きな野球を大事にしたかったら、野球以外のことも一生懸命やらないとアカン」
 それは、グラウンドでの練習だけをやっていてはいけない、ということである。授業態度、学校行事やクラスのこと(委員など)にも一生懸命やることが、力になるということである。逆に言うと、監督が見ていない授業中の態度や、日ごろの学校生活を一生懸命やり抜いていない選手が、いざ大好きな野球に向いた時に力を発揮できるかは、そうではないのだ。日ごろから人間力を高めているかどうか、森島監督はそのことを常に求めていたのだ。

 斑鳩はこのときのセンバツで、こともあろうか開幕試合というド緊張の舞台で試合をすることになったが、彼らは変わることなく、いつもどおり戦い、勝利を挙げた。いわば、日ごろ培った人間力で大舞台を戦ったのである。2回戦では前年夏の優勝校・明徳義塾と対戦。敗れはしたが、斑鳩らしい戦いを失うことはなかった。

 大舞台でも変わらぬ精神力。僕はこの監督によって、このチームによって、「人間力と高校野球」の関わりを追求するようになった。

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人間力重視の指導者たち。

 そうやって野球の見方を変えていくと、不思議なもので、人間力を重視する指導者たちと多く出会えるものである。その年の夏、フリーランスになって初めて、夏の甲子園を追いかけたが、大会前の甲子園練習で聞いた岩国・河口雅央監督の言葉も感銘を受けた。

「指導理念ですか?逃げ道を作らないことです。僕も選手も。進学校だから勉強があるとか、公立校だから設備がなくて時間が限られるとか、言い訳にしない」。
 前に進む勇気、ここ一番での勝負強さを発揮する岩国ナイン。彼らは日常から逃げ道を作ってこなかったから、強豪私学にも立ち向かえた。2回戦でセンバツ優勝校の広陵を撃破、3回戦では甲子園の常連・福井商を破り、ベスト8へ進出した。

 05年の夏前に取材した市立尼崎・竹本修監督も、人間力を重視する指導者だった。

「野球の時だけは、諦めない、我慢する、粘る、平常心を保つとか、そんなことはありえないと思うんです。日常生活にもそういうことができているから、野球でもできる。名誉とか、誇りとか、『これだけのことを練習でやってきたんだ』というようなものは練習の中だけじゃ、生まれない」
 もちろん、技術も大切で、チームを強くするための練習を、これらのチームがおろそかにしているわけではない。ただ、それ以上に、人間の内面的な力を伸ばしていくことが、持っていたものを発揮できる力になると彼らは信じている。僕は森島監督と出会い、そうしたチームがあるということに気づいたし、今となってはその動きが年ごとに大きくなり始めていると知らされたのである。

 06年に取材した城東工・見戸健一監督にも多くのことを学んだ。見戸監督は、森島監督の大学の先輩にあたり、古くから交友関係を持つ。彼らの考え方はほとんど同じで、今も人間力向上のために選手だけでなく、自らも力を注いでいる。

「教室、野球部、家と選手には3つの顔があるけど、根本は一つ。三重人格の人間やったら、ココというときに力は発揮できない」。
 つまり、置かれた立場や状況によって、決めごとを実行できない、気持ちが変わってしまう人間性では、本来の力はでないということである。たとえば、部内で、「靴を揃えましょう」と決めたとする。監督や部員の見ている前ではできるけど、それが家や学校生活の中で、できないというのはそれは裏表のある人間であるということで、舞台や対戦相手が変わっただけで違う人間が出てきてしまうというわけだ。

 大舞台で力が発揮できなかったり、相手が強豪ということで、力が入りすぎてしまう選手などは、まさに三重人格な人間だからなのだ。

 とはいえ、人によっては、「人間力で甲子園に出れるの?」「優勝できるの?」と考える人がいるのもまた事実。確かに、野球だけのことを考えれば、それは難しいかもしれない。だが、何度も言うように、人間力を高めることはひとつの人生でもある。高校球児にとっては、それを映し出す夏の大会が感動を呼ぶのは、選手たちの人間力に人としての可能性を感じているからに他ならない。見戸監督はいう。

「夏はいわば人間性ゲーム。この大会で今までやってきたこと、人間性を含めたすべてが試される。出た結果に対し、できたら自信にしたらいいし、できなければ、これからの人生の課題にしたらいい」。
 実際問題、人間力は高校球児だけではなく、我々、すべての人間においても持ちうる大切な要素である。かくいう僕自身も人間力を課題に取り組んでいる。

「人を感動させようと思っている人間は、それだけの人間じゃなかったら、人間力を持っていなかったら、人を感動させる記事なんか、書けると思うか?」
 ある人にこの言葉をかけられたが、僕自身がひと時も忘れたくない、言葉である。

 人間力がこのコラムのコンセプトである。

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プロフィール

氏原英明
氏原 英明
  • 生年月日:1977年
  • 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
  • ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
  • ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
  • ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
  • ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
  • ■ 03年に退社。フリー活動を開始。

    『週間ベースボール』、『ベースボールクリニック』(ベースボールマガジン社)、『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)『ホームラン』(廣済堂出版)、『Number』(文藝春秋)、『Sportiva』(集英社)、『高校野球ドットコム』『ベースボールファン』などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。

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