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第13回 俳優 佐藤隆太さん2008年05月01日

インタビュー
今回の情報掲示板独占インタビューは、土曜日8時枠、初回は4月19日土曜日19時から2時間スペシャルとして、TBS系列で、放送される『ルーキーズ』で主演となる、佐藤隆太さんにさせていただきました。幼少時代から野球一筋で、学生生活の青春を楽しんできた佐藤隆太さんとは、一体どんな人物なのでしょうか?今回は、TBS緑山スタジオにお邪魔してのインタビューになりました。
学生時代での野球
スタッフA(以下 A) 早速ですが、松坂世代の一個上になる佐藤さんは、数々の強豪校がある中、何故、古豪といわれる日大桜ヶ丘へ進学されたのですか?
佐藤隆太(以下 佐) いきなりかなりコアな質問ですね(笑)
現在は無くなっていますが、以前、日大桜ヶ丘高校は、お隣の日大文理学部のグランドを使わせてもらっていたんですね。学校説明会の段階では、ここのグランドで練習するという説明を受けていたんです。そこのグランドは、非常に良くて、「このグランドで野球を出来るんだったら素晴らしいな!」と、思ったんですよ。(笑)僕はもともと高校時代、野球をしていましたけど、最終的にはレギュラーにはなれませんでした。中学時代もそこまで上手ではなかったんです。だからと言ったら変ですけど、、日大桜ヶ丘へ進学したのは、この場所で出来るのならばといったグラウンドの影響が大きいですかね。でも、進学して蓋を開けてみると、日大文理学部のグランドで、一日練習したいのに練習できないし、練習している時に大学生が来たら猛ダッシュでグランドから出て行かなくちゃならないですし(笑)
スタッフ全員 (大笑)
佐 っていうのも、グランドに行く細い道があるんですけど、そこへ大学生が、曲がってこのグランドに入るまでに、僕たちは、道具を片付けなくちゃならないんですよ。やっぱり上下関係では…ないですけど、大学としては、グランドを貸してあげてるんだからといったくらいの感じじゃないですか。だから、僕は、常に練習できるものだと、思っていたのに実際には出来ないといった状況だったですね。
B 中庭グランドですよね?(笑)
佐 そうそう(笑)だから普段の練習は、セミグランドというか、内野スペースも無い、ブルペン的な場所。マウンドとバッターが、立てる狭い場所二つに、ネットを張って、マシーンを置いて、バッティングをしたりしていましたね。後は少し足を伸ばして、遠い場所の球場で練習をする形でしたね。

A なるほど。そんな学生生活の中で、一番思い出に残っていることは、何ですか?
佐 一番の思い出は、やっぱり部活の仲間と一喜一憂してことや、皆で泣いて笑ったことが全てになるんですよね。
でも他に、敢えて変わった角度(役者からの視点)からも、当時のことを考えてみると面白いですね。センターだった僕のポジションは、桜並木の近くだったんですよ。で、フライが上がってくるじゃないですか。そうすると、フライのボールが、花びらが舞っている中、飛び込んでくるんですよ。その時の絵が今でも印象に残っているんですけど、ボールがスローモーションになって、凄く綺麗なんですよね。桜が散る中で、バックホームをする時の快感が、最高なんですよ。やっぱり当時から、役者になりたいと思っていたからなんですけどね。俺カッケェ〜みたいな(笑)印象的でしたね。
A 自分、高校野球やっているぞと、いった感じですね(笑)
佐 そうです(笑)でも、こんな中で野球をやっている奴は、他にはいないと、思いますけどね(笑)やっぱり、野球やりながらも、映画やドラマといったものの、表現者みたいなことを混ぜてやっていましたからね。
それに、仲間たちは、本当に愉快な奴らだったんで(笑)やっぱり(そんな仲間と)、毎日泥まみれになりながらも、甲子園目指して、クタクタになるまで頑張ったことは、一番の思い出です。
A そういった沢山の思い出ありますよね。では進学の際、何故、日本大学芸術学部へ進学を決めたんですか?
佐 前の話でも出ましたけど、皆さんは、どうして小学校から高校までは、野球一筋でやってきたのに、急に役者の道に進むようになったのかと、疑問を抱くと思うんですが、僕は、ずっと高校を卒業してから役者になりたいと、考えていました。でも、実際どうしたら良いか、解らなかったんです。それで、普通の大学でありながら、専門の学問を勉強できるのであれば、今の自分にちょうど良いのではないのかなぁ〜って、日大の芸術学部へ進学しました。
佐藤隆太さんは、とても正直な方で、自分で感じていたこと、思っていたことを、独特の感性で、私たちに面白く解りやすく、紹介してくれました。



